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大阪地方裁判所 昭和38年(ヨ)799号 判決

申請人 竹内秀雄

被申請人 日本国有鉄道

主文

被申請人は申請人を被申請人の職員として取扱い、且つ申請人に対し昭和三七年一一月一七日以降一ケ月金三二、五〇〇円の割合による金員を毎月末日限り支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の求める裁判

申請代理人は主文第一、二項と同旨の裁判を求め、被申請代理人らは「申請人の本件仮処分申請はこれを却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

第二、申請人の主張

(一)  被申請人は日本国有鉄道法(以下国鉄法という。)により設立された法人で、同法に基き鉄道運送事業等を経営するものであり、申請人は昭和一五年四月旧鉄道省に採用されて被申請人の職員となり、昭和三七年一一月一七日後記解雇の当時、被申請人の尼ケ崎駅信号掛として勤務し、一ケ月金三二、五〇〇円の給与を得ていたもので、且つ国鉄労働組合(以下国労という。)神戸支部尼ケ崎運輸分会書記長兼尼ケ崎班長の地位にあつた。

(二)  被申請人は、昭和三七年一〇月四日申請人に対し「職員として著しく不都合な行為があつたことにより、国鉄法第三一条により免職する。」との事前通知をなし、申請人の異議申立による弁明弁護の手続を経たうえ、同年一一月一七日申請人を解雇する旨の意思表示をなした。

被申請人が右解雇理由としてあげた「職員として著しく不都合な行為」とは、申請人が昭和三七年九月三日午前九時頃尼ケ崎駅従業員詰所において、同駅の輸送担当助役申請外岩浅栄逸と話し合つていた際、興奮の末同助役を突きとばし同助役に一ケ月の入院加療を要する傷害を与えたということを指している。

(三)  しかし本件解雇は次の理由により無効である。

一、国鉄法第三一条第一項、日本国有鉄道就業規則(以下国鉄就業規則という。)第六六条第一七号に該当する事実の不存在

被申請人は、申請人に前記暴行、傷害の事実が存在することを前提とし、これを国鉄就業規則第六六条第一七号の「その他著しく不都合な行いのあつたとき」に該当するとして本件解雇をなしているが、申請人には右の如き事実が存在せず、それは被申請人側の一方的且つ甚しく誇張した宣伝に過ぎない。

昭和三七年九月三日当日は、その数日前大阪鉄道管理局から発表された同年七月期昇給の内容が、尼ケ崎駅に関しては余りにも国労所属の職員と新国鉄労働組合(以下新国労と略称する。)所属の職員を差別した露骨な内容のものであつたことから、同日午前一〇時より同鉄道管理局において、国労大阪地方本部と被申請人当局との間で右昇給問題について団体交渉が開かれることになつていた。

申請人は国労尼ケ崎班の代表者として右団体交渉に出席するべく、同日午前九時前同駅従業員室で時間待ちをしていたが、同所に職員の点呼を終えた岩浅助役が居合せたので、団体交渉に臨む準備のためにも右昇給案作成の直接の責任者である同助役に、職員の成績評定の根拠を糺そうとし、長椅子に並んで腰掛け同助役と話し合を始めた。

申請人はその際同助役に対し情理を尽して昇給の不公平を訴えたのであるが、しばらくして同助役が「ふん」と鼻先であしらう様な態度を示し、椅子から立ち上ろうとしたので、申請人が腰掛けていた姿勢から釣られる様にして、「まあ待ちなさい。」といつた趣旨で左手を軽く同助役の肩辺りに触れたところ、同助役は突然申請人を突きとばし、同所に居合せた数名の職員に対し狂気の如く「暴力だ、暴力だ。」と叫びながら駅長室に向つて走り去つた。

しかるに、被申請人当局は申請人の右些細な動作をとらえて一大暴力事件の如く虚構し、「今朝尼ケ崎駅で暴力事件が起きた。岩浅助役は頭部、胸部、腕部を強打され一週間の面会謝絶、絶対安静を命ぜられた。」として前記予定されていた団体交渉を拒絶し、一方同助役は直ちに尼ケ崎市内の病院で診断をうけたうえ、同病院の医師は勤務しても差し支えないといつたにも拘らず、重ねて大阪鉄道病院に入院手続をとり、同日から実に一ケ月間も同病院に滞在するに至つた。

しかし右事件は、長椅子に腰掛けていた者相互の間の出来事であつて、病弱な身体の申請人が、左手でたとえどのような行為に出たにせよ、同助役に対し一ケ月間もの入院加療を要する程度の傷害を与え得る筈がなく、このことは現実に右従業員詰所に居合せた職員や事件直後に同助役を診察した医師の供述によつても明らかにされている。

本件はかねて申請人の組合活動を嫌忌していた同助役と被申請人当局の仕組んだ大芝居であり、従つて申請人には被申請人の主張するような事実そのものが存在しないのであるから、その存在を前提とした本件解雇は国鉄法第三一条第一項、国鉄就業規則第六六条第一七号の適用を誤つており、無効である。

二、不当労働行為

仮りに、申請人に懲戒事由に該当する事実が存在するとしても、本件解雇の決定的な動機はその事実にあるのではなく、申請人の組合活動の故に申請人を被申請人の企業から排除しようとする点にある。

(1) 申請人の組合活動

申請人は昭和二七年四月国労神戸支部尼ケ崎運輸分会の尼ケ崎班長に選任されて以来、昭和三〇年八月には同分会副執行委員長、昭和三二年八月には同分会書記長、昭和三五年九月には同分会執行委員長、昭和三六年八月には同分会書記長兼尼ケ崎班長にそれぞれ選任され、本件解雇に至るまで約一〇年間国労の尼ケ崎駅における指導的幹部として活動してきた。

この間に申請人は、国労が組織として斗つた賃上げ要求等の斗争に同分会員を指導して積極的に参加したのは勿論、同分会が取り組んだ昭和三三年一〇月の要員増の要求、昭和三六、七年の超過勤務手当支給の適正化、運転内規の整備、踏切立体交叉の要求等に際しては、分会の代表者として尼ケ崎の駅長、助役等職制との間で常に交渉を続けてきた。

特に尼ケ崎駅周辺の踏切立体交叉の要求に関しては、申請人は踏切の安全に利害の深い地域住民、労働組合、民主団体等を集めて、国鉄尼ケ崎駅対策協議会を組織し、申請人自らその事務局長として活動した。

このように、申請人は対内的にも対外的にも国労の尼ケ崎駅における中心的活動家と目される立場にあつた者で、昭和三七年九月三日岩浅助役に話し合を求めた同年七月期昇給の問題についても、かねて同助役や駅長との間で何回か職場交渉を続けていた。

(2) 被申請人当局の尼ケ崎駅における不当労働行為意思を推測させる事実

(イ) 昭和三六年二月頃から同年三月頃にかけて新国労尼ケ崎運輸分会が組織されたが、当時駅長や助役を始めとする職制は、勤務時間中巡回と称し、或いは勤務時間外においても職制の地位を利用して個々の国労組合員に対し新国労への加入を勧誘、説得し、その結果同年三月以降は分裂以前二七〇名の組合員を擁していた国労尼ケ崎分会は約半数の脱退者を出すに至つた。

このような職制の組合に対する介入や分裂工作は、当時職制自身の勤務成績或いは将来の昇進の指標にすらなつていた。

(ロ) 右分裂工作が一応成功したのち、尼ケ崎駅では国労に留まつた職員と新国労に加入した職員とを労働条件の面で差別し、例えば遅刻者が国労員であれば必ず賃金カツトをし、超過勤務手当も国労員には正当に支払わず、国労員が有給休暇を請求しても理由なく拒絶し一方的に欠勤扱いにする事例があつた。

(ハ) 昭和三七年二月一七日尼ケ崎駅構内で発生した脱線事故に際し、被申請人当局は、運転内規の不備等を追及する国労側の意見を無視し、岩浅助役の主唱により国労に所属する一職員を一方的に処分した。

(ニ) 同年三月一七日尼ケ崎駅長らは、国労員が同駅構内に掲示していた「物価値上げ反対、通勤電車の混乱緩和を要求する」との国労の横幕を勝手に取り外して焼却した。

(ホ) 尼ケ崎駅は同年三月三〇日に行われた国労の全国統一行動(以下三、三〇斗争という。)の拠点駅に指定され、同日駅構内で応援ピケ隊による大集会が開かれたが、同駅の助役らは当日信号扱所に勤務中の申請人ら国労員の外出を許さず、用便もバケツにせよと命じて、徹底的に組合活動への参加を拒んだ。

又この三、三〇斗争の当日申請人ら国労員は全員が平常勤務に服していたにも拘らず、被申請人当局は同駅が拠点職場となつたという理由だけで、国労尼ケ崎班員に解雇一名、停職六名、減給一名、戒告一名という大量の報復的処分を発表した。

(ヘ) 右三、三〇斗争ののちも、申請人ら国労員は尼ケ崎駅の職制に対し、休暇や超過勤務代務の問題、作業ダイヤ、作業分担、運転内規の作成、踏切要員の問題等一四項目に亘る職場要求を提出し、要求貫徹の戦術として点呼の際の返事拒否、非番者の代務拒否等を考案し、職場斗争を続けていたため、申請人らの直接の監督者である岩浅助役との間に対立的な雰囲気が強くなり、同助役もますます申請人らの組合活動を嫌忌する態度を示していた。

(3) 七月期昇給における差別待遇

申請人ら国労員は、同年七月期の定期昇給期に際して、あらかじめ昇給有資格者の全員昇給、国労員と新国労員の差別排除等を要求し、駅長らと何回か交渉していたが、同年八月二八日大阪鉄道管理局から発表されたところでは、尼ケ崎駅では職員中国労員のみ四名が昇給からはずされ、逆に新国労員二名が異例の抜擢をうけて高額の昇給をしており、しかも右のように四名の昇給除外者を出したのは、尼ケ崎駅に配布された昇給資金が不足したためではなく、尼ケ崎駅長は局から内示された第一次配布資金に対して通例の追加要求もせず、かえつて金二〇〇円を余剰金として局に返還したという事実が交渉によつて明らかにされた。

これは前記三、三〇斗争以降の申請人らの組合活動を嫌忌した被申請人当局並びに尼ケ崎駅の職制が、その報復措置として労働者にとつて最も痛切な問題である昇給に関し、国労員を不利益に差別待遇したのであり、右昇給案に対しては国労尼ケ崎班員の不満が集中し、同年九月三日には右問題を国労大阪地方本部と大阪鉄道管理局との間に移して、交渉が行われることに決められていた。

(4) 結論

被申請人当局は、右団体交渉が開かれんとした矢先、前記(三)一に述べた申請人と岩浅助役との間のいわゆる暴力事件の報告をうけるや、それに藉口して直ちに団体交渉を拒否すると共に、右事実をますます誇大に宣伝し重大事件の如く虚構して本件解雇を行つた。

以上の経過により、被申請人の意図が申請人の右些細な所為を以て当面の団体交渉における問題を回避し、申請人の暴力という印象を拡大させ、これを理由に申請人を解雇することにより、申請人を中心とする尼ケ崎駅における国労員の組合活動を終息させようとするところにあつたことが明らかである。

従つて本件解雇は労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であつて無効である。

三、解雇権の濫用

仮りに以上の主張が認められないとしても、本件解雇は懲戒権の濫用として無効である。

即ち岩浅助役が申請人の所為によつて受傷した事実が認められるとしても、同助役の受傷は申請人の故意ある行為によるものではなく、全く偶然の出来事に起因するものであり、反面被害者とされる同助役の態度にも又責められるべき点がある。これに対し解雇という処分は、労働者にとつて極刑に等しい苛酷なものである。申請人は一六才の頃旧鉄道省に就職して以来三八才の現在まで勤続し、現在被申請人からうける給与のみを以て家族六名を扶養している。しかるに右本件解雇の理由とされている事実は、この申請人の生活を一挙に覆す懲戒解雇の事由としては余りにも些細なものである。

従つて仮りに申請人に懲戒事由に該当する事実が認められるとしても、被申請人が懲戒処分のうち特に解雇処分を選んだ点において、被申請人には重大な裁量権の逸脱がある。

(四)  申請人は被申請人からうける給与のみを生計の唯一の資としている者で、地位確認の本案判決の確定を待つていては到底救済の目的を達し得ないため、本件仮処分申請に及んだ。

なお申請人は、本件解雇後国労から組合規約による生活補償の援助をうけ、国労大阪地方本部において組合活動に従事しているが、これは国労から生活資金の一時的な貸付けをうけているのであつて、国労大阪地方本部に雇傭されて勤務しているのではない。

第三、被申請人の本案前の主張

本件仮処分申請は行政事件訴訟法第四四条に該当するから許されない。

(一)  被申請人は、国鉄法第一条に規定するように、従前純然たる国家行政機関によつて運営されてきた国有鉄道事業等を経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ、以て公共の福祉を増進するという国家目的のもとに、国家の意思に基き特に法律により設立された法人である。

このように被申請人は、国営事業のより能率的な運営を計るために、事業の公共性を維持すると共に一般行政機関とは異なる企業としての自主性も確保するという必要に基いて、行政上考案せられた公共企業体なる法人であつて、その法的な性格は、国鉄法第五条(出資者)、第一九条(役員の任命)、第三九条の二(予算)、第五〇条(会計検査)、第五二条(監督者)等に規定する実体にも明らかな如く、行政法上の所謂公共団体即ち公法人としての性格を有する。

(二)  従つて、被申請人の職員は公共団体の職務を担当する者として、憲法第一五条第二項にいう公務員に該当することが明らかであり、被申請人と職員の法律関係は国家と国家公務員の関係と同様に、公法上の法律関係と考えるべきである。

国鉄法中にも被申請人と職員の関係について第二七条(任免の基準)、第三一条(懲戒)、第三二条(服務の基準)等国家公務員の身分服務に関する国家公務員法とほぼ同様の規定が存する。

右国鉄法の各規定は、仮りにこれらの規定に類似するものが一般私企業にみられるとしても、私企業における就業規則とは制定の根拠、効力等の点で全く性格を異にし、それ自体公共団体たる被申請人の組織に関する規定であつて、一定の行政目的をもつた公法たる性質を有する。

被申請人の職員の性格は、郵政、林野等所謂五現業の政府職員のそれと同一であり、一般の国家公務員と異なる点は、一般の国家公務員の職務が国民の主権を行使することであるのに比較し、被申請人の職員は国民の財産の管理運営をなすことにあるという一点に過ぎない。

このように被申請人と職員の関係は公法上の関係にあるとみるべきであつて、このことは「公務員の懲戒免除に関する法律」第二条、日本国との平和条約の効力発生に伴う国家公務員等の懲戒免除に関する政令(以下政令第一三〇号という。)第一条において、被申請人職員の懲戒の免除を、他の国家公務員等国家と特別権力関係にある者と同様、政府が行う旨規定されていることからも明らかである。

(三)  被申請人の職員が、その労働条件について被申請人と団体交渉権を有することや被申請人と職員との間の紛争解決のために調停仲裁の制度が設けられていることは、両者の関係が私法的関係であるとする根拠とならない。

国家公務員や公共企業体の職員が公法上の特別権力関係に服するからといつて、その勤務条件について国又は公共団体と対等に交渉することができないという法理はなく、むしろかかる交渉の自由を認めるのが近代民主主義社会における公務員の権利というべきである。

ただこの権利を具体的にどの範囲まで認めるかは、公務員の職務の種類に応じて実定法上差別を設けることが憲法において認められており、従つてかかる交渉権の有無ないしそれが労働法上の団体交渉権として協約締結権を含む程度にまで認められているかどうかということは、当該職員の法律関係の性格を左右するものではない。

現に国又は地方公共団体の職員も、昭和二二年七月二二日付内閣総理大臣宛、連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令施行の以前は、所謂労働三法の適用をうけていたのであり、又国家公務員のうち郵政、林野等五現業の職員は、昭和二七年の法律改正以降被申請人の職員と同様に公共企業体等労働関係法(以下公労法という。)の適用をうけ、地方公務員のうち地方公営企業に従事する職員は地方公営企業労働関係法(以下地公法という。)によりそれぞれ再び団体交渉権を認められ、調停仲裁制度を有するようになつたが、これら国又は地方公共団体の職員は、右団体交渉権の得喪によつて法律関係の性格を変動させたわけではなく、国又は地方公共団体との間で常に公法上の関係にあると考えられる。

(四)  国鉄法第三一条の規定によれば、被申請人の職員に対して懲戒権を有するのは被申請人自身ではなくして、被申請人の総裁であることが明らかである。

この規定も又、被申請人の職員の地位が私法上のものではないことを裏付ける有力な一資料であつて、この場合の総裁は被申請人の機関、即ち行政庁としての資格を有するわけであり、その懲戒権の行使は行政行為と観念せられるべきである。

若し右懲戒処分を私法上のものと解するならば、国家が郵政、林野等五現業の職員を公労法第一八条によつて免職する場合と被申請人の総裁が同条によつて被申請人の職員を免職する場合とで、同一法条に根拠をおく処分でありながら、前者は公法上の処分となり後者は私法上の処分となるという不合理な結果を招来する。

以上により、被申請人の総裁が国鉄法第三一条によつて申請人に対してなした本件懲戒免職処分は行政庁の処分であると解すべきであり、本件仮処分申請は行政庁の処分に関し民事訴訟法の規定する仮処分を求めるものであるから、行政事件訴訟法第四四条に抵触し、許されない。

第四、申請人の本案の主張に対する被申請人の答弁並びに主張

(一)  申請人主張事実(一)、(二)は認める。

(二)  申請人主張事実(三)一のうち、昭和三七年九月三日の数日前に同年七月期昇給の内容が発表されたことは認めるが、その余は争う。

本件免職処分の理由である事実の詳細は次のとおりである。

申請人は、昭和三七年九月三日午前八時五八分過ぎ頃尼ケ崎駅運転従業員室において、点呼を終えて長椅子に腰をおろした同駅助役の岩浅栄逸に対し、荒々しい詰問的口調で「今度の昇給についてどう考えるか。」「不当と思わないか。」「部下の犠牲となる気になれ。」「血も涙もないのか。」などといつてつめより、同助役が「今は意見を述べる時ではない。」との趣旨を答えたところ、突然声をはり上げて「当り前と思うか。」と怒鳴りつけ、更に一層大声で「鼻であしらつたな。」というような怒声を発し、申請人が立ち上るような気配に危険を感じて腰を浮かした同助役の左肩、左上膊部を、椅子から立ち上りざま両手で強く突き放した。

このため同助役は、頭部を傍らの書類棚に強く打ちつけると共に、長椅子の肘掛にかけていた右手がはづれ、上体を左方内側に強く捻挫した。その直後申請人はしばらく腕組みをして同助役を睨んでいたが、謝罪するでもなく、却つて「どうにでもせよ。」などと捨てぜりふを吐く有様であつた。

同助役は打撲部分の苦痛が激しかつたため、急ぎ尼ケ崎市内の病院で診察をうけたが、医師の診断では右側頭部打撲症等で一週間の安静加療を要するというのであり、その際頭の内傷については二、三日経過をみる必要のあること、胸部についてものちに痛みのでる虞れがあること等を言渡された。

しかし同助役は、同日更に大阪鉄道病院の医師の診断をうけた際、依然として胸部の圧痛が甚しく、頭の感覚も異常であつたことから、医師の意見により同病院に入院して経過をみることにし、それから引き続いて各種の治療をうけ、同年一〇月二日になつて漸く胸部の方の痛が薄らいだので、同病院を退院した。

右治療に当つた医師が同年九月中旬頃同助役を診断をしたところでは、頭部及び右前胸部挫傷ならびに後遺症により、なお入院加療を要するとされていた。

以上のとおり、申請人が職場において現に勤務中の上司である岩浅助役に対して暴力を振い、右のような傷害を与えたことは、国鉄就業規則第六六条第一七号にいう「著しく不都合な行為」に該当し、情状の重いものである。

(三)  本件免職処分が不当労働行為である旨の主張は否認する。

申請人主張事実(三)二のうち、(2)(ニ)の尼ケ崎駅長らが国労の横幕を取り外したこと、(2)(ホ)の三、三〇斗争が行われたこと、そのため被処分者が出たこと(但し停職処分をうけたのは四名である。)、三、三〇斗争の当日申請人が信号扱所に勤務していたこと、(2)(ヘ)の申請人らが申請人主張のような事項について職場要求が提出されたこと、申請人らが申請人主張のような職場斗争の戦術を実施したこと、(3)の昇給に関する事実上の話し合いがあつたこと、尼ケ崎駅では国労員四名が昇給せず、新国労員二名が抜擢昇給をうけたこと等は認めるが、(2)(イ)の昭和三六年三月以降国労尼ケ崎運輸分会員が約半数になつたことは不知、その余はすべて争う。

右(2)(ニ)の国労の横幕の撤去については、その横幕が駅構内の線路と線路の間に張られ、列車運転上の妨げになる虞れがあつたにも拘らず、国労側が任意に撤去しなかつたため、やむなく管理権に基き保安上の必要から駅長がこれを取り外したのであつて当然の措置である。

又右(2)(ホ)の三、三〇斗争による処分は、被処分者がいづれも管理者の制止をきかず、多数のビラを建造物に貼付するとか、勤務中無断で職場を離れるとか、或いは被申請人の正常な業務の運営を阻害するような斗争に参加する等国鉄就業規則に背反する所為があつたため、行われたのであり、これを以て被申請人の国労員に対する特別な意図に基くものとするのは当らない。

右(3)の昭和三七年七月期昇給の問題についても、前期のように四名の職員が昇給の選にもれたのは、それらの者に病気欠勤、事故欠勤、早退等の消極的条件があり、他の職員に比較して成績が悪く、一般的基準から昇給に与り難い状況であり、一方二名の職員が抜擢昇給をうけたのは、勤務成績が特に良好であつたため、賃金に関する規定や組合との協定に則り、昇給期間を短縮して昇給させるのが妥当であつたからであり、その結果尼ケ崎駅の同期の昇給は被申請人当局側と国労との間で協定した九五パーセントを上廻つており、その間何ら不当な措置はなかつた。

(四)  申請人主張事実(三)三のうち、申請人が申請人主張のように被申請人の職員として勤務していたことは認めるが、その余はすべて争う。

(五)  申請人主張事実(四)はすべて争う。

申請人は昭和三八年一月から国労大阪地方本部に勤務し、現在国労から本件免職処分当時被申請人からうけていたとほぼ同額の賃金をうけて生活の資に当てているから、仮処分の緊急性、必要性を欠くものであつて、本件仮処分申請は失当である。

第五、被申請人の本案前の主張に対する申請人の答弁

被申請人と職員との間の雇傭関係が、一般的には権力関係ではなくして、当事者対等の私法的関係であることは既に多くの裁判例において明らかであり、又学説上も右見解が通説となつている。

(一)  雇傭関係の性質は基本的には労働力の売買ということに帰するのであるから、雇傭関係の一方の当事者たる使用者が国又は公共団体であろうと私人であろうとその間に本質的差異のあるべき筈はない。

行政権力の行使者としての性格或いは職務の公共性、公益性という色彩は労働力が対外的に作用する場合に、その職務の対外的側面についてなされる評価であつて、対内的な使用者と被雇傭者間の雇傭関係はそれと全く別個の側面であり、職務の性格によつて影響をうけるものではない。

右の観点から、本来は国家公務員といえどもその労働条件は完全な団体自治、当事者対等の私法的原理によつて規律されるべきであつて、現行法が公共の福祉とか特別権力関係という理論によつて官公労働者の労働基本権を制限していることこそ、憲法第二八条に違反する。

従つて、被申請人の法的性格から被申請人の職員の法律関係を公法関係であると論断する被申請人の主張はその前提を誤つている。

右現行官公労働者についての諸立法が合憲であるとしても、被申請人主張のように、担当する職務の内容によつて当該職員の雇傭関係の性格を決定するとすれば、現行法が官公労働者について、その職務内容に応じ所謂労働三権を完全に剥奪するものから争議権のみを否定するものまで、段階的制限の法制をとつていることの理由を全く無視することとなる。

(二)  被申請人は被申請人が行政主体であることを前提として、被申請人の職員が憲法第一五条第二項にいう公務員に該当し、その公務員としての性格内容の故に被申請人と特別権力関係にある旨主張する。

しかし憲法第一五条は、国民主権の原理から公務員の一般的地位を宣明したものに過ぎす、公務員の概念はあくまで実定法によつて画定されなければならない。

又前記のように被申請人が公法的な性格を持つことや、被申請人の事業活動が公益的であることは、被申請人と職員の雇傭関係の性格の問題とは無関係であつて、それはあくまで被申請人と職員の関係が国鉄法その他の実定法上、私法的に規律されているか公法的に規律されているかによつて判断せられるべきである。

(三) 被申請人は、被申請人の職員が公労法によつて団体交渉権を認められていることは被申請人の職員の勤務関係が私法関係であることの根拠とはならない旨主張するが、団体交渉権は労働協約締結権を不可欠の内容とするものであり、労働条件の基準その他について協約締結権が認められていることは、争議権の裏付けがない点においてなお不十分であるとはいえ、被申請人の職員の雇傭関係が一応当事者対等の私的自治、団体自治の原理によつて決せられていることの大きな徴表であることは疑いがない。

従つて現行法制が合憲であることを前提としても、公労法により団体交渉権を認められている被申請人の職員の雇傭関係が、非権力的な私法的原理によつて規律せられるべきであることは明らかである。

第六、疏明〈省略〉

理由

(本案前の主張について)

(一)  国鉄法の規定によれば、被申請人が国有鉄道事業等の能率的な運営を計るため国家により設立せられた一種の営造物法人で、行政法上所謂公共団体即ち公法人としての性格を有すること、又被申請人の職員が憲法第一五条第二項にいう広い意味の公務員に該当することは明らかであるが、被申請人の職員が憲法第一五条第二項にいう公務員に該当するとしても、同条は国民主権主義のもとにおける公務員の基本的地位を宣言したものに過ぎず、同条にいう公務員に含まれる者のすべてが、雇傭関係のすべての面において当然に公法上の関係にたつとはいい得ない。

前述の如く被申請人は鉄道事業等の運営を計るため国家によつて設立された独立の法人であるが、そこで営む事業の性質は私企業的なものであり元来なんら権力的な要素を必要としないものであり本質的には私法的なものである。即ちそこにおいては行政権の主体としての優越的地位を認めたうえその地位に基ずく行政権の発動としての行為に優越的効力を認めることは本質的には必要でないのである。ことに被申請人の役員でない職員の雇傭関係についてまでこれを全面的に公法上のものであると解することは到底出来ず、その本質はむしろ私法的なものであり、特別の場合にのみこれを公法的なものとしてとらえれば足りるものと解する。もつとも被申請人職員は現行法上種種の点で公務員的取扱を受けており、その争議権が制限されてはいるが、これは被申請人の資本金が全額政府の出資にかゝりその予算が政府及び議会のコントロールの下におかれていること、右職員の遂行する職務の寄与する被申請人の事業が全国的な規模をもちしかも公共の福祉の実現と密接な関係をもつているため公益目的達成のため特別の取扱を認めていることに由来するものと解され、このことから必然的に被申請人職員の雇傭関係が全面的に公法上の関係であると解されなければならないものでもないので以下これを詳述することとする。

(二)  ところで国鉄法は、同法第二七条ないし第三二条において、国家公務員法と同様に職員の任免、給与、分限、懲戒、服務の基準等に関する事項を規定し、同法第三四条で職員を法令により公務に従事する者とみなし、更に公労法第一七条は被申請人の職員及びその組合に争議行為を禁止しているが、反面国家公務員法が一般国家公務員の団体交渉権等を制限しているのに対し、公労法第八条は被申請人の職員及びその組合に賃金、労働時間等の労働条件や昇職、降職、休職、免職等について広い範囲の団体交渉権を認め、被申請人当局と対等な立場で自由に協定し得る地位を保障している。

これらの規定は、被申請人の経営する国有鉄道事業等が、本質的には一般私鉄企業等と同視される行政法上の所謂管理行為に該当し、国又は地方公共団体の行う権力的な事務ではないことに相応ずるものと考えられるが、国鉄法の各規定と国家公務員法の関係規定を比較してみると、両者は職員の任用に関する規定が全く異つており、降職、免職の事由についても国家公務員法第七八条第四号が、「官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」と規定しているのに対し、国鉄法第二九条第四号は「業務量の減少その他経営上やむを得ない事由が生じた場合」と規定し、同様に懲戒事由について、国家公務員法第八二条第三号は国鉄法に該当する規定のない「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」を掲げており、且つ同条第一号が「この法律又は人事院規則に違反した場合」と規定しているのに対し、これに相当する国鉄法第三一条第一号は「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規定に違反した場合」と規定し、服務内容についても、国家公務員法は第九六条において「すべて職員は国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」旨根本基準を規定すると共に(国鉄法三二条参照)第九八条、第九九条、第一〇〇条、第一〇二条、第一〇三条等において、争議行為の禁止、団結権、団体交渉権の制限に関する事項、信用失墜行為の禁止、秘密を守る義務、政治的行為の制限、私企業からの隔離(国鉄法二三条の営利事業からの隔離は総裁等の役員に関する。)、他事業関与の制限等を詳細に規定し、更に国家公務員法は職員の任免、給与、服務等の規定に関し一定の違反行為に対する刑罰も併せ規定している。

このように、国家公務員法が職員の法律関係のすべての面に、一般私企業には見られない国家の優越的な支配関係を認める特殊な規定を設け、更に細則を独立行政官庁である人事院の規則に委ねているのに反し、国鉄法では前記各法条のほかは被申請人の経営権に派生すると考えられる国鉄就業規則において定め、しかも右国鉄法の各規定に定められた事項は、その内容の性質上一般私企業の就業規則において定められるのと、本質的な差異がない。

従つて、被申請人の職員が一般私企業の従業員と全く同一でないことは明らかであるとしても、前記国鉄法の各規定が、それだけで被申請人の職員に対する包括的な支配関係を規定しているとみるのは困難であり、公労法が被申請人の職員に前記国鉄法に定められた事項について被申請人当局と対等な立場で自由に交渉し、協定する権利を認めていることを考え併せると、被申請人と職員の雇傭関係は、国鉄法や公労法において、被申請人を行政主体とする特別権力関係としてではなく、むしろ対等当事者相互の法律関係として規定されているとみるべきであり、基本的には私法関係であると考えるのが相当である。

被申請人の行う国有鉄道事業等は、それが高度の公共性をもつことから、事業自体行政法上の管理行為に当るとしても、国又は地方公共団体の行う権力事務とは異なるわけであるから、一般的にいつて職員の雇傭関係についてまで特殊な公法的取扱いを認める必要はなく、被申請人設立の目的等に照らし、一般職員の雇傭関係が原則として私法的原理によつて律せられるとしても、差し当つて特に不都合な点はない。

(三)  被申請代理人らは、国鉄法の右各規定が公法人である被申請人の組織に関する法であるから、公法としての性質を有する旨主張するが、右に説明したとおり右規定自身は特定の行政目的をもつて被申請人の職員に対する特殊な支配関係を認めることを内容とするものではなく、むしろ被申請人と職員間の利害の調整を目的とした対等当事者相互の規定とみるのが相当であるから、その限りで公法としての性質を有しないと考えられる。

又被申請人の職員が被申請人と基本的には私法関係にあるとしても、一般企業における従業員と全く同一の性格を有するわけではなく、広い意味で公務に従事する者として種々な面で公務員的取扱いをうけ、或いは法律により特殊な規制をうけることがあり得るわけであり、この意味で「公務員等の懲戒免除に関する法律」第二条、政令第一三〇号第一条が、昭和二七年四月二八日以前の事由に基く被申請人職員の懲戒の免除を政府が行う旨規定しているのは、被申請人職員の大部分が国鉄法施行の際国家公務員から移行したものである点に鑑み、又国鉄法第三一条が懲戒権者を被申請人自身とせず、被申請人の総裁と規定しているのは、懲戒処分の重大性に鑑み、それぞれ法律が特に認めた制度と考えることができ、これらは被申請人と職員の雇傭関係が基本的に私法関係であることと相容れないものではない。

(四)  被申請代理人らは、被申請人の職員がその労働条件について被申請人当局と団体交渉権を有することや、被申請人と職員との間の紛争解決のために調停仲裁の制度が設けられていることは、両者の関係が私法関係であることの根拠とはならない旨主張するが、被申請人の職員やその組合に右のような団体交渉権や調停仲裁の制度が認められていることは、被申請人と職員の雇傭関係が一応対等当事者相互の利害調整を目的とした私法的原理によつて規律されていることの一つの徴表であることは否定できない。

しかし、団体交渉権や争議権の有無ないしその程度のみによつて、当該職員の法律関係を公法若しくは私法のいづれかに断定し得ないのは当然であつて、郵政、林野等五現業の職員や地方公営企業に従事する地方公務員が、公労法や地公法の適用により、被申請人の職員と同様団体交渉権を認められているとしても、これらの公務員は、その職務が被申請人の事業と同様非権力的な管理行為の性質を有することから、国家において、国家公務員法、地方公務員法に定めた制限を特に緩和したのに過ぎず、国家公務員法、地方公務員法の規定中右公労法によつて排除される部分を除く爾余の規定の適用はこれをうけているのであるから、国又は地方公共団体に対し特別権力関係に服する性格を失つていないと考えられる。

(五)  以上説明したところにより、被申請人と職員の雇傭関係は、基本的には私法関係と考えるのが相当であり、国鉄法第三一条に基いてなされた本件解雇も、行政事件訴訟法第四四条にいう行政庁の処分に該当しないと解されるから、被申請人の本案前の主張は採用することができない。

(本案について)

(一)  申請人主張事実(一)、(二)は当事者間に争いがない。

(二)  申請人は、申請人に被申請人において懲戒解雇の事由であるとして指摘する事実が存在しないものであり、仮りになんらかの懲戒事由に当る事実が存在するとしても、これを事由としてなされた本件解雇は懲戒権の濫用である旨主張するので、以下この点について判断する。

成立に争いのない甲第二号証の三、同第三号証の一、同第一九号証、乙第一、二号証、同第一一号証、同第一六号証、同第一七号証の一ないし三、証人尾島紘之の証言により成立を認める乙第四号証、証人岩浅栄逸の証言により成立を認める乙第三号証、証人小谷一の証言により成立を認める乙第四号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第三号証の二、乙第五号証及び証人長谷川潔、同野々村忠夫(第一、二回)、同尾島紘之(但しその一部)、同真島定(但しその一部)、同神門要三(第一、二回)、同小谷一、同仲川佐平、同大森義弘、同岩浅栄逸(但しその一部)、同内藤正寿の各証言、申請人本人尋問の結果(但しその一部)並に弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が疏明せられる。

一、被申請人の尼ケ崎駅では従来から国労員の組合活動が活溌に行われていたが、殊に昭和三七年の春斗の際同駅がいわゆる三、三〇斗争の拠点駅に指定され、斗争後国労尼ケ崎班員中に解雇者一名を含む七、八名の被処分者(申請人はこの時停職三ケ月の処分をうけた。)を出して以降、駅長、助役等同駅の管理者側と申請人ら国労員との間の対立状態が深刻になつていた。

こうした情勢の下で、同年七月期の定期昇給期を迎え、申請人らは事前に駅長らに対し昇給有資格者の全員を昇給させるよう申し入れていたが、同年八月二八日大阪鉄道管理局の発表によれば、尼ケ崎駅では職員中申請人を含み国労員のみ四名が昇給からはずされ、逆に新国労に所属する二名の職員が普通昇給額以上の特別な昇給をしていた(尼ケ崎駅でいわゆる三、三〇斗争が行なわれ、そのため被処分者が出たことや右定期昇給の内容等は当事者間に争いがない。)。

二、申請人らは、右のように国労員のみ四名が昇給からはずされ逆に新国労員が抜擢昇給をうけたのは、いわゆる三、三〇斗争後の申請人ら国労員の組合活動を理由に申請人ら四名が殊更不利益に取扱われたものであるとして、右定期昇給の内容が内示された頃から、昇給案を局側に上申した同駅々長らとの間で、国労神戸支部役員、同支部尼ケ崎運輸分会長らを交え、何回か交渉を重ねた。

右交渉において申請人らは、昇給しなかつた四名のうち一名は昇給期以前に他の職場に転勤し、残り三名はいづれも昇給資格には影響しない程度の病気欠勤があつた点について、転勤、転職を理由に昇給から除外し、或いは右残り三名のうち一名について、同年一月期の昇給に続いて二期続けて病気欠勤という同一の理由で昇給から除外したこと、更に昇給の欠格条件とならない程度の病気欠勤そのものを昇給に際して考慮すること自体が、いづれも国労大阪地方本部と大阪鉄道管理局との間の協約に違反する旨主張し、前記新国労員の抜擢昇給を上申した理由や局からの昇給資金の配布状況等を追及したりしたが、駅長らは、駅長ができる限りの努力をしたが配布資金が職員全部を昇給させるに足りなかつたこと等を説明したうえ、昇給は局の責任において決定されるものであるから、異議があれば局と直接交渉するよう回答し、物別れに終つた。

右同駅の昇給問題はその後国労大阪地方本部に移され、同所から大阪鉄道管理局の担当部課に右問題についての団体交渉を申し入れ、同局では異例のことながら同年九月三日午前一〇時から同局において、人事課長らが国労大阪地方本部員らと会合して、一応申請人ら国労側の言い分を聴取する手筈になつていた。

三、申請人は、国労大阪地方本部の指示により右局側との話し合いに出席すべく、当日は休暇をとつたうえ、非番の同僚を誘つて局に出向こうと考え、同日午前九時前に同駅構内の運転従業員室に赴き、同室で前夜々勤の職員が同日出番の職員との引き継ぎを終えるのを待つていた。

同室では丁度同駅の輸送担当助役岩浅栄逸が出勤者に対する点呼を行つていたが、申請人は、前記昇給しなかつた四名が申請人を含め全員駅構内の従業員で、同助役がその直属上司に当り、前記昇給案上申の直接の責任者も同助役であると考えられたことから、局に出かける前にもう一度昇給問題についての同助役の考えなり真意なりを問い糺し、説明を求めようと考え、間もなく点呼を終え同室の入口から向つて右側にあつた長椅子の右端で休んでいた同助役の左側に行つて腰をおろし、同助役と横に並んで話し合を始めた。

申請人と同助役は右のような状態のまま約一〇分程話し合を続けていたが、申請人が昇給の不当を主張し、これに対する同助役の考えを問い糺したのに対し、同助役が深くは取り合わず、できるだけの努力をしたという趣旨を繰り返すに止り、両者が平行線をたどつているうち、同助役において、すげなく申請人との話合を打切り立去る気配を感じた申請人は感情を害し、「鼻であしらつたな」とやや語気を荒め、突嗟に長椅子から立上ろうとして腰を浮かした同助役の左肩辺りを、片手で一回突き放した。左程強く突いたわけではなかつたが同助役は不意にしかも立ち上ろうとして腰を浮かした不安定な姿勢で肩先を突かれたため、長椅子の上を右側によろけ、長椅子の右側にあつた本箱の左側面で右側頭部を打つたが、直ぐ立ち直り、申請人を強くたしなめると共に、居合せた職員に対して誰にいうとなく「暴力だ。覚えていて呉れ。」といい残しながら、丁度入室してくる他の職員を押しのけるようにして室外に出た。

四、同助役は、そのまま駅長室に赴いて右事件を報告したのち、直ちに尼ケ崎市の病院で診察をうけたところ、右側頭部が少し腫れているかなと思う程度で外傷はなくレントゲン写真の結果に徴しても明かな骨折はないので、事務的な仕事なら支障はなかろうとの診断を得て一旦帰宅したが、同日同駅の駅長や大阪鉄道管理局部内者の配慮により重ねて大阪鉄道病院の医師の往診をうけ頭部や右側胸部が痛いというので、医師と相談のうえ、同病院に入院して経過をみることにした。

同病院では、同助役に外見的な所見がなく、精密検査の結果も異常はなかつたが、入院後相当日数を経てからも同助役から頭部の異常感や胸部の痛み、食欲不振、不眠等の訴えが続いていたため、心因的な要素を慮つて同月中旬頃精神科の専門医の診断を求めたうえ、更に続けて治療に当り、同助役は結局同年一〇月二日に至つて、同病院を退院した。

以上の各事実が疏明せられ、甲第四号証、乙第三ないし第五号証の記載中右認定に反する部分及び証人尾島紘之、同真島定、同岩浅栄逸の各証言及び申請人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆えすに足りる疏明はない。

(三)  被申請人が申請人主張の如き理由で申請人を解雇したことについては当事者間に争いがないので、右認定した申請人の岩浅助役に対する所為が、国鉄就業規則第六六条第一七号の「その他著しく不都合な行いのあつたとき」に該当し且つ懲戒解雇をうける程度のものであるかどうかについて考えてみるに、申請人は、職場内において現に勤務中の上司である岩浅助役の身体を突き放し、同助役が一ケ月もの間入院するという結果を招来させたのであるから、かかる長期の入院治療が申請人の行為に起因するとしてすべて申請人に帰責し得るか否は暫くおき、その結果の重大性のみから判断すれば、申請人の行為は被申請人の企業組織体としての秩序維持上重大な違反行為であり、右国鉄就業規則六六条一七号の「その他著しく不都合な行いのあつたとき」に該当することは明らかである。

しかし前記認定した事実によれば、申請人が岩浅助役から昇給問題についての考えを聞き出そうとし、同助役に話し合いを求めたのはある程度無理からぬところがあり、本件申請人の行為は一面その際の同助役の不用意な態度にも起因する突嗟の偶発的な動作に過ぎす攻撃的色彩が乏しく、行為の態様も長椅子に横に並んで坐つていた状態から立上ろうとして腰を浮かした同助役の肩附近を突嗟に左程強くなく一回突き放した程度に止どまつており、同助役が傷害を受けたとしても、それは同助役が立ち上ろうとした不安定な状態で、しかも不意に肩先を突かれたことにより生じたもので、申請人が同助役の受傷を予測していたとは到底認められない。

更に同助役が大阪鉄道病院に一ケ月もの長期間入院して治療を続けた点についても、事件直後の医師の診察結果やその当時及びその後の状況弁論の全趣旨に照らして考えると、同助役が従来国労員の活溌な組合活動に対処してきたこと等平素の種々な心労が一因をなしていたものと推測され、いづれにせよ申請人の行為のみがその原因であると断定するのは申請人に対して著しく酷に失すると考えられる。

(四)  国鉄法第三一条は、懲戒処分として免職、停職、減給、戒告の四種の処分を規定しているが、そのなかでも懲戒解雇処分は労働者にとつてその死命を制する極めて重大なものであるから、少くとも右懲戒解雇権の行使については、単に懲戒事由が存在するというだけに止どまらず、当該懲戒事由が懲戒解雇処分の事由として客観的に妥当且つ必要なものであることを要すると解するのが相当である。

ところで、本件解雇の事由である申請人の行為は、その外形的な経過が国鉄就業規則の懲戒事由に該当するとしても、実は行為の動機態容共に右のように通常の暴力事件とは内容を異にし、被害者の受傷及びその程度についても右のような諸事情が認められるのであるから、このような事実を考慮に入れると、本件申請人の行為が、被申請人の企業組織体としての秩序を維持するために、懲戒処分のうち特に免職という制裁を以て処するのが妥当且つ必要な程度の非行であるとは到底認め得ない。

従つて、本件懲戒解雇処分は、被申請人当局が右のような諸事情を看過して、行つたものであると否とを問わず、国鉄法第三一条、国鉄就業規則等の適用を誤り、無効であるというほかはなく、仮りに同法が懲戒処分の選択について懲戒権者に裁量を認めていると解しても、右に説明したところにより、本件は明らかに懲戒権の正当な裁量の範囲を逸脱し、解雇権の濫用であるといわざるを得ない。

(五)  申請人が本件解雇当時被申請人から一ケ月金三二、五〇〇円の割合による給与を毎月末日限り支払われていたことは当事者間に争いがなく、被申請人が本件解雇の意思表示をなした昭和三七年一一月一七日以降申請人を被申請人の職員として取扱わず、且つ同日以降の給与の支払を拒んでいることは弁論の全趣旨によつて明らかであるし、又申請人本人尋問の結果によると、申請人は本件解雇後国労大阪地方本部において組合活動に従事し、国労から一時的な救援資金をうけているが、結局被申請人からうける給与を生活の資とするほかはないことが疏明せられるから、申請人は本件仮処分を求める必要があると認められる。

(六)  以上により、申請人の本件仮処分申請は、爾余の判断を省略してその理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二 中原恒雄 田中貞和)

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